基本事項として

基本事項として

現代の生活習慣病と化している

心の病が流行し、それが日本社会の中で当然のように蔓延している事実が出来始めてからどのくらいの時間が経ったでしょうか?不安定な雇用情勢、激しい角質を生むことになる人間関係、利益と生産性を重視した資本主義体制、そんな社会の中で心をすり減らして身を粉にして働きづめている人に対して、企業側としてはその更に上へ上へと成果を求めがちです。それまでにどれだけのストレスを抱え、そしてやらなければならない仕事をこなしてきた人に対して、その倍以上の苦労を背負い込んで追い込んでいく企業というのはそれほど珍しいモノではないでしょう。

ですが度重なる精神と肉体の負担、感情を押し殺してその感情を呼び起こそうとする罵詈雑言ともいえる言葉の凶器、連続してそんな状況に追い込まれればその人の心が教養を遥かに越えたストレスに苛まれることになるのは目に見えています。これは学生時代に聞いたとある医師の話になりますが、ようやく医師免許を取得して研修生として活動を始めたその人は、職場となる現場で度重なる虐めや嫌がらせを受けることとなります。突然の呼び出しに反応して出勤するも呼んでいないといわれ、実習中に心を貫く言葉の槍が貫いて精神が追い込まれていき、その人は徐々に製品の均衡が保てなくなるぐらい、精神バランスが安定しなくなります。

そんなある日、その人は死体解剖の際に突如として死体の耳を切り落として壁に貼り付けるという行動を起こします、一同が呆然としている中でその人は平然と笑っていたそうです。度重なるいじめとストレスのはけ口として扱われた結果、精神を病んでしまって意思としてスタートしたばかりの人生に幕をやむなく下ろし、その後治療をしているという話もあります。心の病、ストレスなどの日常生活に起きる僅かに心を侵食するそれはやがて表立って『うつ病』と呼ばれるようになります。

今の日本社会ではうつ病と言う単語を聞かない人はほとんどないといってもいいほど、誰もが一度はうつ病になった経験があるのではと言われているような、国民性生活習慣病のように扱われるようになっています。それだけ精神的に疲弊することが連続する毎日を送っている人が多いのかもしれません、そしてこのうつ病は年齢を問わず発症していることも特徴の一つでしょう。ここではそんなうつ病について考察していきます。

うつ病の特徴として

一般的にうつ病と言う可能性を知るには、自覚症状を持っていることが肝心でしょう。この時いくら周りが何を言ったとしても、本人が違うと答えてしまえば正しく診断することが出来ません。ですが一度うつ病と診断されてしまうと面倒なことになると考えている人もいるかもしれません、そうしたことからそんなことはないと言い聞かせている人もいたりするかもしれません。うつ病とは状態や症状などによって異なってきますが、主にうつ病かもしれないと疑ったほうがいい傾向としては以下のような状態の時が、あまりにも継続していたら要注意でしょう。

  • 一日中倦怠感に苛まれ、やる気が起きない
  • 気分が常に下降気味で、考えることはマイナス面ばかり
  • 気晴らしに趣味を楽しもうとしても、楽しめない自分がいる
  • 睡眠や食欲といった人間の三大欲求があまり稼動していない

一般的な、目に見える症状としてはこの4つでしょう。睡眠欲や食欲が沸かないというのではまだうつ病であることを疑うきっかけにはならないかもしれません。ここで注目するべき事は、本来自分が好きでやっているはずの趣味を楽しめなくなっているとなったら、それはうつ病を疑ったほうがいいでしょう。気晴らしにと思って趣味を久しぶりにやってみても、考える事は仕事と、そして人間関係のことばかり。何も考えないようにしても楽しめないのは由々しき問題でしょう。認めたくない気持ちも理解できますが、自分の今の状態をキチンと視認して、自分の中で何が起きているのかを把握することが重要となります。

状態と症状では似て非なるもの

うつ病と言われると、うつ状態のことを指しているのだろうと考える人もいるかもしれません。ですが状態と症状として出ている場合にはそれは言葉だけで、具体的なその人個人の精神状態は似て非なるものとなっています。うつ状態、抑うつ状態といった場合だからといってそれがうつ病である、という診断を下される事はほとんどないのです。

ではうつ病と診断されるにはどの程度になったらと判断するのかというと、『薬物依存以外、身体疾患以外、死別反応以外のモノで、2週間以上に渡って毎日続き、生活の機能障害を呈している』状態になると、ようやくうつ病と診断されることとなります。うつ状態とはいいますが具体的な基準などは設けられておらず、一般的な診断結果としては『体温が38℃程度ある』、といったことぐらいの症状ではうつ病とは診断されないのです。

こう書きましたが、うつ状態からうつ病へと悪化することも十分にありますので、医師の診断でまだうつ病ではないと判断されたからといっても、そこから症状が悪化してしまうことも十分にあります。そうならないためにも一旦呼吸を取って休憩をするなどして精神の均衡を保てるようにしなければなりません。うつ状態はあくまでその一歩手前に踏み込んでいると見なしていいのです。症状としてはいつ悪化してもおかしくないということを忘れないようにしてください。

うつ病を定義することはできない

うつ病とはこういうものである、といった定義を耳にしたことがある人はいるでしょうか?定義とはある概念は具体的にこういうものであると、まとめた表現となっているものですが、実はうつ病には説明をするに際して存在していると思われる定義はないのです。尺度では測りきれるモノではない、と言ったほうがいいかもしれません。元々症状や状態など細かなところで通常の精神疾患にはない精神病となっているので、総合的に見られている症状を取り上げてこんな症状が主に多いですとは言えないのです。

それでもうつ病という言葉は定義こそすることは出来なくても、実際に症状が現実の者として出ている人がいたこともあって、無理矢理にでも定義を抽出する必要があったのかもしれません。定義することも出来なければ、どんな症状が一般的に多いのかという分類することが出来ない点もそれは共通となっているのです。それだけ難しく、そしてそんな病気の症状をある一定の法則で縛り付けることはできないということなのかもしれません。

そもそも精神状態を病んでいる人に対して、医師として診断して行くにあたってただでさえ精神がズタズタになっている患者の心を抉るようなことをした上に、うつ病ではないなどと診断されてしまっては、その人を更に追い込んでしまうことになるのかもしれません。マニュアルでは分からない、そういった症状が多ければ可能性はあるかもしれないとそんなニュアンスで診断を行っていかなければならないのでしょう。患者としてもですが、カウンセリングを担当している先生からしてもそうした患者の琴線を響かせないようにするという意味では細心の注意が必要なのでしょう。

診断する医師の裁量に委ねられる

ここで一つ気になるのが、うつ病と診断する医師はどうやって患者の精神状態をうつ病であると正しく診断しているのでしょう。定義もなく、また紙面上でのマニュアルといったものがない病気をどんな尺度で判断しているのか、ということに気づきませんか?精神のバランスが最近どうもおかしい、人から一度病院を訪れたほうが良いと言われた人が尋ねてみると、うつ病ではないと診断される、なんてことが可能性としてありえるのです。

もちろん本当に別の病気に感染しているため、と言うこともありますがそうでない場合では精神が自律神経系などを乱しているために起きていることを見抜けない先生も可能性としてありえるのです。診断は単純に問診だけで計るのはなく、血液検査やその他の診察を受けてから判断してもらわないといけないのでしょう。つまりこれは、医師によっては本当にうつ病と呼んでいい症状なのに、見誤ってしまって違う病気と診断されてしまう恐れがあるのです。

ですがこれは定義などが明確になっていない点を考えれば、判断を誤ってしまう可能性もあるということです。無論意図的にそのようなことをしているのであれば別の意味で問題ですが、計り間違えてしまい更に患者を苦しめてしまうこともあるというのです。今でこそ知名度などが跳ね上がったことでうつ病についての研究も一時期と比べたら、比較的に進歩していますがまだそこまで知る人のいなかった世界では、うつ病であるにも関わらず何も問題ないと診断されてしまった人がいるのかもしれません。医学の進歩によって精神状態にたいする医療レベルも進化していることを考えると、社会全体の規模として由々しき問題となっていることに他ならないということです。

うつ病ではないと否定する人が多い?

自分がうつ病であると認めたくない、そう考えている人も多いのではないでしょうか。精神を病んでいるなんて仕事をさせるのは不安で仕方がない、そう考えられてしまうのは仕方のないことだと言ってしまうのは、少し違うでしょう。成果主義、実力主義、ノルマの達成という現代の資本主義社会における社会システムにおいてはごくありふれた自然な事のように思われています、ですがそうした体性から心身ともに疲弊してしまい、やがて磨り減って仕事もままならないと、現代社会にありふれた病気となった現状を鑑みると、単純にその人個人の精神が脆すぎるんだと一言で片付けられる問題ではなくなっています。

少し前、バブル景気崩壊と同時にこの日本も変質を来たして行くことになった、それこそ現在のように収入や雇用といった現実的な問題へとその影響は波紋となって広がっていったのでは、個人的にはそう考えています。それまでは何事もなく会社勤めをしていれば定年まで就職できる、年収も徐々に上っていくものだと、そう思われていた時代はすでに崩壊したと見ていいでしょう。仕事ができないものは淘汰され、仕事の要領を知らない新人は訳も分からないまま社会の荒波に飲み込まれる、これで精神を病むほうがおかしいと誰が思うでしょうか。

不条理な部分が多いのも社会の特徴ですが、人間の精神を徹底的に蝕んでいって最後にはゴミのように捨てる、そんな世界が実際に存在していると考えるとぞっとします。でも事実としてそれがあるからこそこの世界は何処までも残酷である、そう揶揄できるのかもしれません。

現代の生活習慣病である、うつ病について考えてみる

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